「日本画は西洋画に比べるとなんだか地味」って思っていませんか?日本絵画の技量の高さ・エピソードを知ると、見方や感じ方も変わることでしょう。これまでの名画を通して日本絵画の魅力をお伝えします。
大陸の真似から日本独自の絵画へ
伝統的な日本絵画の多くは、もともと中国など、大陸の様式を真似て描くところから始まっています。中国画などを手本としながらも、時代ごとの社会情勢やニーズを捉える中、やまと絵・浮世絵といった日本独自の絵画も数多く生まれました。
「真似から独自のものを創り出す」といった、経済活動でも評価されてきた日本人の“高いアレンジ力”は、伝統的な日本絵画にも通じていると言えるでしょう。
雪舟・光琳・北斎といった日本の有名絵師たちは、世界の巨匠ゴッホやダ・ヴィンチなどと肩を並べる存在です。いまでは日本絵画は、世界の舞台でも通用する人気と実力を有します。
現存最古の絵は『玉虫厨子』の板絵
日本絵画のルーツは飛鳥時代、法隆寺の国宝『玉虫厨子(たまむしのずし)』の板絵にさかのぼります。
厨子とは仏像などを安置する仏具を言い、その四方の板には、僧侶が釈迦の遺骨を供養する様子などが描かれています。1400年の時を超えて飛鳥仏教の世界観に触れることができる絵でもあり、推古天皇も拝んでいたと伝わります。
平成には、当時の輝きを現代に蘇らせる壮大な復元プロジェクトが遂行され、話題を呼びました。いにしえの日本工芸・絵画の技術力の高さが、あらためて認識されたのです。
この復元過程は、三國連太郎さんの出演・語りで、『蘇る玉虫厨子』というドキュメンタリー映画にもなりました。
日本らしさが開花した『源氏物語絵巻』
平安の院政期になると、貴族文化が隆盛となりました。絵画にも気品や抒情的な美しさがあふれ、「日本らしい」絵画スタイルが芽生えていきます。
代表作の1つである『源氏物語絵巻』は、絶世の美男子光源氏と、彼をとりまく女性たちの物語を描いた絵巻。「引目鈎鼻(ひきめがぎはな)」と呼ばれる1本の線が描く目鼻の描写や、「吹抜屋台(ふきぬけやたい)」と呼ばれる天井から部屋を覗き見したような構図は、日本独自の描き方です。
リアルな描写とはかけ離れた、いわゆる「下手うま」とも言えそうな絵ですが、不思議と日本人の感性に合うものです。
「やまと絵」と名づけられた和様の絵画は、日本の伝統装束・伝統美などに関心を抱く海外の人たちにも注目されています。
衰えを知らない探究心!雪舟の水墨画
▲雪舟等楊筆『秋冬山水図』/
国立文化財機構所蔵品統合検索システム
室町時代になると、現代でも馴染みの深い「水墨画」が登場します。日本水墨画の人気を高めた絵師であり禅僧でもある雪舟は、中国の明で本格的に山水画を学びました。
とはいえ、簡略化された斬新な構図・筆致は、中国画の型にはまるものではなく、雪舟のオリジナルです。
傑作とされる国宝『秋冬山水図』には、切り立つ崖、重なる岩山、寒さにそびえる木々が、雪舟特有のタッチで描かれています。
この名画を含む国宝6作は、すべて雪舟晩年の作です。筆致からは、最期まで衰えることのなかった探究心が見て取れます。
雪舟の革新的なエッセンスは、後に続く絵師たちにも受け継がれていきました。
天下人のお抱え絵師集団「狩野派」の豪華な絵画
信長・秀吉・家康の生きた戦国から江戸時代にかけては、城の障壁画などに代表される派手な絵画が注目を集めました。
金箔地に原色が映える大型絵画は、豪華絢爛で、この頃の絵画は、天下人がその威光を相手に見せつけるための武器としての意味もあったと言われています。
大政奉還の場として知られる、二条城二の丸御殿「大広間」の障壁画もその1つ。黄金を背景に根を下ろす巨幹の松の画は、永遠の安泰を願う、徳川将軍家の強い思いを表しているかのようです。
筆を振るったのは、エリート絵師の狩野探幽率いる職業絵師集団です。「狩野派」と呼ばれ、室町から江戸幕末まで約400年間、権力者たちの御用絵師として画壇の中心に居続けました。
狩野派の名画は傑作が揃っており、「狩野派」と銘打つ展覧会もたびたび催されていて、今後も注目を集めるものと思われます。実物を見れば、その技量の高さに感動することでしょう。
現代デザイン画のルーツ?光琳の『燕子花図屏風』
江戸中・後期、日本絵画は、ヨーロッパ文化などとも絡み合い、多彩な様相を見せ始めます。
尾形光琳の国宝『燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)』も革新的な絵の1つで、現代のデザイン画の祖とも言われています。
金箔の大画面に際立つのは、リズミカルに配置された燕子花の姿のみ。たった1つのモチーフが群青と緑青の濃淡のみで繰り返され、まるで現代の服地や壁紙などに用いられたデザイン画のようです。一部には型紙が使われたとも言われています。
京都の呉服商に生まれた光琳は、衣装文様に触れる中で、斬新なデザイン感覚を身につけたのかもしれません。切り捨て、単純化されたデザインは、華美よりシンプルを好む傾向にある日本人の美意識を表現しているかのようです。
浮世絵は江戸時代のポップカルチャー
日本絵画史上最大のヒット作といえば浮世絵ではないでしょうか。
歌舞伎の役者絵、粋な着物をまとった美人画、日本各地の風景画など、江戸の流行りものをモチーフとした印刷画です。
庶民にも手の届く安価な絵でしたが、その工程は高度で、手間のかかる手作業によるものでした。版木にのせた絵具の粒子を、和紙の繊維の中へ摺り込むという、日本にしかない技術が支えた芸術品です。
歌麿・写楽・北斎・広重といった人気絵師たちの絵は、いまでもTシャツやノートといったさまざまなグッズの中などにも見ることができます。
江戸庶民の暮らしを彩った浮世絵は、いまでも最も身近な日本絵画であり、内外の多くの人に愛され続けています。
「若冲フィーバー」の陰にはSNSが?
▲伊藤若冲『群鶏図』/
宮内庁三の丸尚蔵館所蔵
近年、注目を集めている絵師といえば、「奇想の画家」伊藤若冲(じゃくちゅう)でしょう。
自身の庭で飼っていたという鶏の絵をはじめ、身近な動植物を題材にした画などで人気の絵師です。
東京パラリンピックの開会式に登場した「デコトラ」に描かれていたユニークな動物たちの絵も若冲の作品で、日本の文化として全世界にアピールされました。
実はこの若冲、江戸中期こそ京の都で大人気を誇っていましたが、明治期以降は、すっかり忘れ去られていました。
ところが2000年に入って再注目されたきっかけは、「こんな絵師が日本にいた」と称された展覧会でした。
スマホの普及によるSNSの拡散効果などもあり、これまで日本絵画に興味のなかった人たちをも巻き込んでいきました。
ここ最近も、若冲に続くように、隠れた天才絵師や埋もれた名画に着目する流れは続いています。日本絵画の持つポテンシャルはまさに無限大です。お気に入りの絵師を見つけて、じっくりと鑑賞してみてはいかがでしょうか。
▲川瀬巴水『芝増上寺』/
国立国会図書館「NDLイメージバンク」
『ひまわり』などで知られる、オランダの画家のフィンセント・ファン・ゴッホは、19世紀後半に大量の日本絵画がヨーロッパに渡ると、すぐに魅了された1人です。平面的な構図、独特の色彩、切り捨ての美学など、西洋画にはない画風の浮世絵の模写と研究に没頭したと言います。
その心酔ぶりは相当なもの。歌川広重の浮世絵を真似た『花咲く梅の木』をはじめ、浮世絵のエッセンスを取り入れた作品を数多く描いています。
模写とはいえ、色味や線の強弱はゴッホの心が感じたものに変換されるなど、ゴッホらしいタッチは健在。ゴッホ発の油絵による浮世絵は、本家とは違った魅力にあふれています。
アップル社の創業者であるスティーブ・ジョブズも、日本絵画を愛した1人です。子どもの頃に友達の家で見た日本の新版画、川瀬巴水(はすい)の作品に魅了されたのが始まりと言います。
巴水は、『芝増上寺』などに代表される抒情的な風景版画の名手です。ジョブズは日本を訪れるたびに、巴水の版画を買い集めたと言います。
アップルの製品は外見デザインの美しさだけでなく、機械内部の配置の美しさにもこだわったとされます。彼がリスペクトした巴水の感性や美的センスが、すべての製品の中に受け継がれていると言えるでしょう。
世界的な巨匠たちをとりこにしてしまった日本の絵画は、日本人として誇れるものではないでしょうか。