徳島県 鳴門教育大学附属中学校
二学年 朝日 柊守(あさひ しゅうま)
僕には祖父がいない。父の父親も、母の父親も、両親が結婚する前に亡くなってしまったからだ。
今年のお盆は、遠くにいる父方の祖母のところへ行くのはあきらめたが、母の実家は近い。
お線香をあげて仏壇に手を合わせていると、その上から口を真一文字に結んだ祖父の写真が僕をじっと見つめている。書棚には、祖父が書いた難解な本がずらりと重々しく並んでいる。祖父はきっと厳しくて寡黙な人だったのだろうと想像していた。
中学生になってから、生命保険に興味を持つきっかけがあった。毎日のようにベルマークを集めているのだが、百点が集まる生命保険があると知ったのだ。母に、
「この保険に入ってみたいんだけど。」
と、面白半分に、よくわからず聞いた。すると母は、
「生命保険は、家族の大切な命のことを思いながら、よく考えて入るものなんだよ。」
と、話し始めた。
母の父親は、母が三十代になったばかりのときに突然亡くなった。出張から帰ると、寒い部屋で倒れており、すでに意識がなかった。それからほどなくして息を引き取った。母の母親は早くに他界しており、一人娘の母はそのときたった一人になってしまった。
呆然としながらも慌ただしい日々を過ごしている中、生命保険会社や銀行の人たちから母宛てに連絡があった。
「お父様が生命保険に入っていまして、お嬢様が受取人になっています。」
父親が突然亡くなり、どこに何があるのか手探りで、誰に何を聞けばよいのかもわからない中だった。どの担当の人も親切に寄り添ってくれて、すぐに受取りの手続きをするよう勧めてくれた。
お店に行ってみると、そこには祖父が契約した生命保険の書類があった。どの人も祖父のことをよく覚えていて、契約するときの祖父の様子を詳しく話してくれた。祖父は初め、
「もうすぐ死ぬみたいで、嫌だなあ。」
と、生命保険に入ることに気乗りしなかったそうだが、
「一人っ子のお嬢様のためですよ。」
と勧められ、どれが良いか教えてもらいながら、何年かかけて、一つ一つ慎重に決めていったのだという。
その話は、母にとって初めて聞く話だった。
「目の前に父がいるように思えてきて、父の深い愛情や温もりを感じた。これが父の遺言の代わりなのかもしれない……。」
母は人目もはばからず、声をあげて泣いた。
幸い、母は働いているのですぐにお金に困るようなことはなかったが、この生命保険のお金があるという安心感は、今でもとても大きいそうだ。
そのお金は、僕や妹のために置いてくれているという。ただ置いておくのではなく、母は生命保険や医療保険など、保険やお金の勉強をして、良いと判断したものに入ったり、ときどき見直しをしたりするようになった。
祖父から贈られた生命保険のお金は、絶対に無駄にはできないと、心に固く誓っているという。
祖父は、ただ厳しい人ではなかったのだ。温かい愛情にあふれた人なのだとわかった。そう思って、ふと祖父の写真を見上げてみると、心なしか、微笑んでくれているように思えてくる。
僕も将来、結婚して家族ができるときが来ると思う。そのときに、祖父が母に託したお金を僕がしっかり受け継いでいけるよう、知識を持って、賢く生きていかねばならない。そのためには、祖父のように、人としての優しさや懐の大きさも培っていかなければならないだろう。
今年の夏は、なんだか一回り大人になったような気分だ。会ったことのない祖父に、少し近づけたかもしれない。