2023年度の年金額の改定では、「マクロ経済スライド」が適用されたとのことですが、この「マクロ経済スライド」というのはどういうものですか。適用されるとどうなるのでしょうか。
毎年度の年金額は、物価や賃金の変動率に応じて改定されますが、「マクロ経済スライド」は、物価や賃金の上昇率よりも年金額の増加率を抑える仕組みです。したがって、これが適用されると、年金額の伸びは物価などの伸びに追いつかず、年金が実質的に目減りしたことになります。
物価は2.5%上がったが
先月号で説明したとおり、年金額は毎年、新年度に入る4月分(支給は6月)から、原則として67歳以下の人は賃金の変動率に応じて、68歳以上は物価の変動率に応じて、それぞれ改定されます。2023年度改定の基礎となる賃金上昇率は2.8%、物価上昇率は2.5%でした。ところが、年金額はこの上昇率どおりには上がっていません。「マクロ経済スライド」の適用により、それぞれ0.6ポイント分マイナスされ、67歳以下は2.2%、68歳以上は1.9%の上昇にとどまりました。
すなわち、年金額の上昇率は、物価や賃金の上昇率より0.6%分だけ低くなっていて、このことは、年金の名目額(絶対額)は増えたものの、実質的な価値が減少したことを意味します(物価が2.5%上がり、1000円のものが1025円になったときに、年金は1019円(68歳以上の場合)にしかならないということですから、昨年なら1000円で買えたものが、今年は1019円の年金では買えないことになります)。
なぜ、このように年金額を相対的に低く抑える仕組みが導入されているのでしょうか。年金財政が必ずしも盤石でないなか、当面(いま年金を受給している人の)年金額を抑えて、将来の年金給付の水準を維持することが目的です。将来、年金を受け取ることになる子や孫のために、いまの高齢者に我慢を強いる仕組みといえるでしょうか。
適用されない分は持越し
「マクロ経済スライド」により物価や賃金の上昇率から差し引く率(上述の0.6%)を調整率と呼んでいますが、この調整率は、平均余命の伸びなどに基づき毎年度決定されます。ただし、調整率分をマイナスするのは、そもそも改定の基準となる物価や賃金が上昇した場合に限られています。
もともと物価などが下落した場合は、そこからさらに調整率を差し引くことはしないことになっています。また、調整率を引いた結果、マイナスになる場合はプラスの部分のみから引きます。したがって、年金額は前年度と同額となります。
じつは2021年度と2022年度の改定では物価、賃金とも上昇してなく、「マクロ経済スライド」は適用されませんでした。適用されない調整率は翌年度以降の改定時に持ち越されることになっています。2023年度改定の調整率自体は0.3%なのですが、前年度、前々年度の持ち越し分が合計で0.3%あり、これを合わせて2023年度改定では0.6%分がマイナス調整されました。
物価や賃金が下がっていれば、それに連動して年金額が下がります。一方で、物価や賃金が上がっても年金はそれらにフル連動はしません。2023年度は3年ぶりに年金額が増えましたが、手放しでは喜べない事情が潜んでいるのです。
Profile
武田祐介
社会保険労務士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士
ファイナンシャル・プランナーの教育研修、教材作成、書籍編集の業務に長く従事し、2008年独立。武田祐介社会保険労務士事務所所長。生命保険各社で年金やFP受験対策の研修、セミナーの講師を務めている。